2014年6月30日月曜日

【閑話】日本代表が取るべき戦略について

ワールドカップでのグループリーグ敗退が決まり、様々なサイトで「分析」が流行っておりますねー。私も相乗りしちゃおうかと思っての投稿です。便乗ですが、アップ忘れました!下書きはあったんだけど...

さて、コンテクストプランナーという視点で、ワールドカップを捉えると、本当にハラタツノリです。ふがいない戦いっぷりが残念でなりません。生卵を投げる人の気持ちがわかります(笑。

問題というか、課題は多岐にわたりますので、いくつかの段階に切り分けていきたいと思います。で、戦略的に、何が間違っていたのか?と言われると「全部間違ってましたね」となるので「どうすればよかったのか?」をまとめていこうかと。

この内容は、選ばれた選手に向けて書いております。

【目標の設定】
どんなことをやるにも、目標は必要です。これがないとどこに向かっていいのかわからないですね。選手によって語る目標はいろいろでしたが、「成績」としての目標は、多くの人たちが期待するところなので、「優勝」って言っておいた方がよかったですね。
ここはリップサービスで結構、それでいいんです。その方が盛り上がりますから。ここでベスト8とか言われても「途中で負けるつもりなんだ」と思って興ざめです。

【ルートの設定】
さて、「目標はリップサービスで構わない」とお話しましたが、目標に向かったルートは設定しないとなりません。実は、今回のワールドカップの最大のポイントはココでした。
「優勝」を単純化すると、「点を取る」ことと「点を取られない」ことを「両立」させ「勝つ」ことを「続ける」ことで得られる「結果」と言えます。
つまり、「結果」は、「勝ち続ける」ことなので、「目の前の試合に勝つ」ことの積み重ねでのみ実現できるものです。「勝つこと」こそ、「やるべきこと」であり、「結果」は考えなくて良いのです。アタマの中から捨ててください。むしろ「やるべきこと」のみに集中するトレーニングが必要です。

よく選手が「次の試合に集中して」と言いますが、この言葉、どのような意図があるのですか?私は、本当に集中していたら、こんな表現はしないのではないか?と思います。集中している状態だとすると、「どう戦うか」の戦略がアタマの中をグルグル駆け巡っているはずです。そのイメージがない、または、準備が出来ていないからこそ、自分に言い聞かせているのではないかと感じるのです。

【戦略の設定】
続いて、肝心な戦略についてです。
「勝ち続ける」には、目の前の試合に「勝つ」ことが大切だと言いました。で、「勝つ」ためには、「点を取る」ことと「点を取られない」ことを「両立」させることとお話しました。そして、次にこれを切り離します。
「点を取る」はどう実現するかということで言えば、「早いパス回しで相手のディフェンスを切り崩して行く」という戦略はどう実現するのか、と考えてみましょう。
「早いパス回し」をどう実現するのでしょうか?動きながらであれば2名いれば十分です。3名になれば、さらにパスの出し先の選択肢が増えます。2名、3名どちらでもOKですが、「パスを回し」ながら、「外に逃げる」のか、「中央へと切り込んで行く」のか、動き回るのは、人がいないところなのか、ゴールに向かってなのか、選択肢はたくさんあります。その可能性を全部検証し、試してみたのでしょうか?それとも絞り込んだのでしょうか?

例えば、「パス回しは2名を基本にし、人がいない方向に流れながら背後の選手の飛び出しに合わせてパスを出す」くらいの戦略に絞り込みます。

という具合に「決める」必要があるのです。なぜなら、このように設定をすると、「3人目の存在が必要」であることを選手間で共有できるのです。つまり、「2名でパスを回せる状況」をどのような状態に定義し、その瞬間に後ろから飛び出す「3人目を誰がやるのか」ということが確認できます。
正直、どんな戦略に絞り込んだらいいかはわからないです。選手の方がそこはわかると思います。ですが、そのようにディティールを決め、それ以外の多くを切り捨てるとやるべきことが明確になります。どんな相手にも対応できるシンプルな戦略を探して、それに設定する必要があるのです。
同様に崩した後にどうやって「点を取る」か、どうやって「点を取られない」かを決めていきます。
所謂強豪国が強いのは「点を取るイメージ」の共有が瞬時に成されているからだと思います。でないとあんなに早い動きだしで、シンプルな数本のパスで得点することは難しいからです。

【戦術の設定】
これは場面、ロケーション、時間帯、試合を構成する要素を分解し、その組み合わせによって、どんな戦い方をするかをシミュレーションしておくことです。
「攻める」「守る」は、いずれも、「リードしている時」「リードされている時」「スコアレス(同点)の時」の3種類しかありません。組み合わせで言えば6種類です。
ここでのポイントですが、サッカーの勝敗は、何に影響されるかを考えることです。例えば、個人の能力に影響されるのか、普段プレイしているリーグの強さに影響されるのか、などを突き止めます。私自身は、上記の二つは少なからず勝敗を影響するものだと思っています。そうなると、戦術で6種類は多すぎます。せめて2〜3種類くらいに絞りたい。
①「リードされている時に攻める」
②「スコアレス(同点)の時に攻める」
③「リードしている時に守る」
この3つで良いでしょうね。そうすると、
④「リードされているときは守らない」
⑤「スコアレスの時には守らない」
⑥「リードしている時には攻めない」
以上を選択したことになります。具体的にどうするかというと後者の3つの場合は「考えない」ということです。忘れていいです。

と、このように、自分たちがやるべきことをチームで整理し、チームで選択し、そのプロセスをチームで共有することが大切なのです。そして、結果は考えない。目の前の1点を取ることのみを常に考える。点を取ったら取られない守り方をする。もし取られたら、「リードされている時に攻める」に切り替えるだけ。自分たちがやるべきことをもっとロジカルにシンプルにしてあげる必要がある、と思うのです。11人のイメージを揃える必要があるのです。


なぜ、そんなことを言うか、というと、先の「勝敗は何に影響されるか?」に関係します。他のチームに比べて、日本のチームは、成熟度が幼過ぎるのです。プロリーグが出来て20年の国のチームが、ヨーロッパ、南米のチームと戦うには、歴史がなさ過ぎるのです。歴史がない故に、それをカバーする戦略と戦術が必要であり、歴史がない故に、敵わない敵であることを十分に理解する必要があるんです。だから負けることは恥ずかしくないし、とにかく通じる戦術、戦略を一つでも多く獲得することが「勝ち」に繋がる。リップサービスで優勝目指す!と言いながら、緻密な計画を一つ一つ実行する。手応えを感じ、必要に応じて修正していく。

この大会では、強いチームというのは、高い次元での「イメージの共有」がなされていると感じた。得点のイメージ、ディフェンスのイメージ、パス回しのイメージ、だから、見事に機能する。これは経験と歴史に他ならないと思う。日本のチームも最終戦にはその兆しが見えたが、点を取られた現実という壁に対して、心が折れてしまう。「勝つ」つもりで望んだら、そんなことになるのは目に見えています。そうではなく、勝つために必要な「目の前の1点」に集中していたら、最後まで集中力は切れることはなかっただろう。

途中交代の香川の表情は、悲壮感たっぷりで、他のメンバーが戦っているにも関わらず、終わったような表情だった。それはチームとしてやるべきことを共有していない証拠でしかない。目の前の1点を取ることに本気で共有できていたら、ベンチに下がってもそのために出来ることを探したはずだ。

戦略と戦術の共有の仕方次第では、決勝リーグにて高成績を残すことも出来たと思う。だが、心の置き所、目標の設定方法、共有の方法含めて、様々なものを切り離して、やるべきことをシンプルに理解できるよう、メンタルをトレーニングする必要がある。情緒的な日本人には、本当に必要なトレーニングだと思う。自分で噛み付いたとしても当たっただけだと言えるタフさは、日本人にはない。それは良さでもあるが弱点でもある。弱点を補うのは、やるべきことをシンプルな事柄に落とし込んで、余分なことを考えないことだ。僕たちはこれをする、という具合にね。

周囲がなんて言おうと、戦うのは選手達だ。だからこそ、選手が選手を理解し、尊敬し、尊重し、という関係のチーム作りが必要だ。そしてその中で行われるコミュニケーションが重要だ。試合前に休息の1日は有効に使えなかったようだった。ちゃんとしたコミュニケーションができたら、日本のサッカーは、世界の歴史を変えられるくらいの独特のものになると思っている。コミュニケーションサッカー。ボールが納まった場所からスイッチオン。それを合図に全体が一気に動き出す。的確で短い数本のパスで相手ゴール前に突入。なんて試合を想像したいね。


2014年6月13日金曜日

【コンサルタント】鳥の目、虫の目。

今年度、ミラサポの専門家登録をし、本日、初めての派遣となりました。
新しい方とお会いするのは誠に刺激になりますね。

さて、企業の相談を受けていると感じることがあります。
例えば、AとBの2つの選択肢があり、Aが正解で、Bが不正解だとしましょう。

①ほぼ直感で正解を選べる人
②ほぼ直感で不正解を選ぶ人
③考えて不正解を選ぶ人
④考えて正解を選ぶ人
に分かれますね。

で、①「ほぼ直感で正解で選べる人」にとっては、
②や③のような不正解を選ぶ人たちの思考のプロセスが理解できない、
ということに気づきました。

だから、なぜ正解を選べるのか?、というコトに対して説明が出来ないんです。
一方で④のような方が社長だと事業は継続して伸びて行きますね。

私も当初は②でした。でも、④になれました。
で、わかったのが、結局、思考は技術だということです。
特に地方では、人材を活かす=成長させる、という姿勢が必要です。
無い物ねだりしてもしょうがないですからね。


もし事業に何か、違和感や危機感をお持ちの方がいらっしゃったら、
もう一度大局を静観してみることをオススメします。
全体を見て、細部に手を入れる。
それを繰り返して行くと、自ずと正解を選べるようになります。

私がお話させて頂く事の中に、鳥の目と虫の目ってのがあります。
鳥の目で全体、虫の目で細部を見る、ということです。
その方法については、また別の機会にお話したいと思います。

2014年6月10日火曜日

【コンサルタント】「あなたの問題解決」のためのメソッド(今後)

告白するけど、1年程前に起きたとある個人的な出来事によって、文脈を読む力が身に付いた。なんとも皮肉なことだが、これは前からずっと欲しかったものだ。

文脈を読み解くとは、どういうことかと言うと「こうしたら、こうなって、こうなるから、こうなるね」みたいな、因果関係のことである。

本来、人というのはシンプルだ。欲も目標も希望も努力もその人の中にしかなく、その人が関わりを持たずに生きているなら、その存在を考えなくてもいいし、複雑な状況は生まれない。だが、人は人と関わって生きている。

だからこそ、仲良くなって共存したり、好きなのに離れて寂しくなったり、仲良く無いのに一緒に居たり、争ってみたり、なんてことが起きる。「それが嫌なら耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らせ」と公安9課の草薙素子に言ってもらうといい。

で、多くの場合は、関わることによって生まれた「関係」を「複雑」に感じるものだ。自分の考えと一致しない場合、そこに軋轢が生まれるのは当然のことである。

だが、文脈=コンテクストを読み解けるようになると、ハラも立たない。世の中のことの多くが、「仕方ない」に変わる。そうなると、他人の成長や評価を気にすることの意味のないことに気づく。そうすると自然に、文脈の中にいる自分自身に集中した方が、どれだけのチャンスを生み出せるだろうか?と考えられるようになる。

世の中のほとんどは「仕方ない」ことだ。
仕方ないとは諦めているわけではない、あえて言うなら「寝かしておく」ということだ。

今、問題解決のためのメソッドをまとめている。
「製造業で新商品を作りたい」「会社の中がギスギスしている」「業績が落ちてきてしまったけど....」「プロジェクトが思うように進まない」など、コミュニティから組織、事業に至るまで、なんでもござれなメソッドであると自負している。

問題は、これをどう出して行くか。
つまり、自分自身が課題を抱えているという状況なのだ(笑。

先日、10年来の知人にお会いした。お酒を飲みながら涙してみたりして、知人から友人になったその日、この悩みを相談してみた。

「なんでもいけるなら、まずは具体例を出した方が良いよ」と言われた。

なるほど、そうだ。その人が言うことはいつでも正しかった。
僕のメソッドの中にも「主体性を持つためのつなぎ目のデザイン」というプロセスがあるのだが、まさにそれだ。

ということで、現在、具体例の設定に苦慮している。適当に選ぶと多分失敗するので(笑)、そこは心して考えることにした。このブログ上で展開するのであれば、やはりコミュニティFMをテーマにした方が良い気もするけど、さて、どうしたものか。

もう少し考えよう。

2014年5月30日金曜日

【Radio】成長と維持、持続性のカギとは? 実践編その1

どんなラジオ局にしたいか、ということを考える検討編に続き、今回から数回に渡って「実践編」をお送りして行きたいと思います。例えば、機材にはどんなものが必要なの?著作権ってどうするの?など、「実際どうなのよー??」という疑問について、よく聞かれるトピックを紹介していきたいと思います。

その前に、このまとめの意図についてお話しておきます。
これらは「成長するコミュニティFM」というテーマに基づいております。実際に運営に関わって感じたのが、如何に全体を見れるか、ということと、それを踏まえてディティールに拘れるか、という点でした。これはラジオ局に関係なく、あらゆる業種においても有効です。全体を見て、部分に拘る、という姿勢は、私が行っているコンサルタント業務でもお話をしていることです。
コミュニティFMの成長とは、ヒト、モノ、カネを持続的に増やしていることです。普通の企業の成長と変わりません。コミュニティFMでもそれが実践できるのですが、固定観念を無くして読んで頂けると、すーっと入ってくるように書いております。

さて、実践編その1ですが、根源的な問いです。会社としての成長と維持です。会社である以上、売上は右肩上がりでありたい、または、ずっと成長しないとしても、ある程度の水準で維持をしたい、と考えるのは自然なことです。しかし、本質的には広告業であるコミュニティFMにおいては、地域の経済状況と直結しますので、地域が丸ごと儲かる状況にもならない限りは、広告市場も大きくならないので、売上はどこかの段階で横ばいになってしまいます。

その前提を踏まえた上で、ラジオ局を作りたい、という時に、大きくわけて2つのことに取り組んで行く必要があります。ここではあえて分けて取り組むことをオススメしますが、その2つとは、周波数獲得とアンテナ設置、それと、運営体制の整備です。簡単に言えば、ハードの整備とソフトの整備と言えるでしょうか。

数年前に電波法が改正されました。
それによって出来るようになったのが、ハードとソフトを分離する、というやり方です。極端な話、アンテナを持つ会社と番組を作る会社が別でもいいよ、ということです。以前は、原則的に一体でないとダメでした。

なので、複数の地域にまたがって、アンテナと電波を持つハード専門の会社が生まれるかもしれません。基本的には、電波法の摘要は、電波の割当をもらったアンテナを整備する会社が対象になります。故に、アンテナや電波は持たずに、複数の放送局に放送料を支払いながら番組を放送する、という事業も可能になるわけです。その場合、それはイベント会社かもしれませんし、出版社かもしれません。そんなことも可能になったのです。

分離できることのメリットを考えるとコミュニティFMの運営方法が大きく変わっていくかもしれない、ということがよくわかります。

ハードとソフトが一体的に運営される場合を考えます。

地域のメディアがない状態でコミュニティFMが誕生したとします。そうすると、当初は様々な方が関わりだします。その期待値は、初年度の売上という数字でそのまま反映されるでしょう。しかし、数年すると売上が横ばいになります。その数字がその地域の「広告市場の限界」と言えます。

この限界とは、それ以上稼げない、ということではありません。正確に言うと「今の体制ではそれ以上稼げない」ということになります。つまり、写真1人で1000万円売り上げるとすると、社員3人なら3000万円、5人なら5000万円、ということになります。よって、会社として、それ以上の売上を求める場合には、①スタッフを入れて体制を強化する、②聴取率を上げて出稿率を上げる、③いっそのこと別の事業を行う、などの選択をする必要があります。

一方「それ以上稼がない」という選択肢もあります。少し矛盾しているかもしれませんが、維持こそ継続と考える方法です。これは運営に関わる支出を、固定経費、変動経費としてわけて考え、主にハードウェアの維持=固定経費を基準に、それを維持させるための運営を行う、ということになります。つまり、この場合、働くスタッフも入れ替わって行く方がいいかもしれません。若いスタッフを育てて、という考え方だと、売上が横ばいである以上、お給料をアップすることも難しいので、横ばいの給料でいいよ、という方を集めるか、それができないといずれ入れ替えることになります。なので、社員教育をしながらというのは難しいかもしれません。

基本的に、入ってくる以上に使わなければキャッシュフローに問題は起きません。会社の運営としてこれ以上シンプルな考え方はありません。ですが、実際に運営してみると、どうにもお金がかかってしまうのです。

これまでにも、いくつかのコミュニティFMの方々とお話をしてきましたが、最近、資本金1500万円、1000万円で整備を整えて開局したという放送局の方にお会いしました。イニシャルコストを抑えてスタートさせるのは、本当に大変なことですが、実に多くのノウハウが詰まっていることがわかりました。私自身が考える「成長するコミュニティFM」には欠かせません。イニシャルコストの大小は、ランニングコストにも直結してきます。

次回以降は、主に、運営の部分についてお話をしていきます。若干機材のことも入ってきますが、私自身は専門としていないので、機材に関しては個別にご相談頂ければと思います。

2014年5月26日月曜日

【閑話】マクドのポテトの17の原料が明らかに!だって。

http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11582746530.html#cbox

こういう記事って無条件に広がるからなんだかなぁと思います。

17の成分のうち、全部ではないですが、いくつかを調べてみると(だいたい10分くらいの所要時間でしょうか)、いろいろと知識を得られました。

シェアする方の中にそういう方がどれくらいいらっしゃるのか。

17の成分については、一部を除けばごくごく一般的なもののようです。

色の保持に使われているナトリウムの説明はラディッシュボーヤのサイトにありまして、解説にある「ピロリン酸二水素ナトリウム」が同じものかはわかりませんが、「ピロリン酸塩の中では、比較的よく使用されるものであり、かんすい、膨張剤の成分として、また、食品のpH調整の目的や、プロセスチーズ等における乳化塩として使用される。」と書かれています。

また、ポリジメチルシロキサンは、こんな具合。
http://daijiten.radishbo-ya.co.jp/outline/704.html
シリコーン油は体内に吸収されず出ちゃうのもあるようですね。

で、実際には、パッと見ただけでわからないわけですよ。

さて、問題のごく一部が何かということですが、こういう方々が騒ぎたいのであれば、THBQ :tert-ブチルヒドロキノンについてでしょうね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Tert-ブチルヒドロキノン
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~抜粋~
冷凍魚と魚製品で許可されている添加の上限値は1000 mg/kgである。
~抜粋~
日本では食品添加物としての利用が認められておらず、TBHQを含む食品の輸入・販売が禁止されている[5]。
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ちなみに、過去にこれが検出された例がありますが、検出量は諸外国の指定範囲内ではあります。
http://www.eiken.pref.kanagawa.jp/008_topics/files/topics_070207.htm


さて、ここまで来てもう一度よく見てみましょう。

http://www1.mcdonalds.ca/NutritionCalculator/IngredientFactsEN.pdf

この原材料の発表は、アドレスを見ると、カナダのマクドナルドのようです。よって、日本であーだこーだいっても、「日本のポテトの成分は異なる可能性がある」という大前提があると思われます。ブログの内容を鵜呑みにして、国内のマクドナルドを指して「だから食べないんです」と言われても、なんだかなーと思ってしまいます。

2014年5月14日水曜日

【Radio】ボランティアと管理の両立は難しい

今年度から熊本の崇城大学情報学部の非常勤講師を務めさせて頂くことになりました。
コミュニティFMで行っている番組作りについていろいろとお話をしています。

さて、今回のラジオネタ、「ボランティア」と「管理」について考えてみたいと思います。誤解を恐れずに言えば、重箱の角をつつくようなことを書きます。ですが、文脈の中で読み解かないとわからない内容です。全体を俯瞰する鳥の目と細部を見通す虫の目は、両方備わってこそ意味があります。

よく相談で言われるのが「ボランティアを受け入れたい」「受け入れるためにはどうしたらいいか」という質問です。そこで、実際どんな感じなのかを再現してみます。

相談「ボランティアを受け入れたいんです」
私「なぜですか?」
相談「番組作りのコストが減るから」
私「その他に理由は?」
相談「......コストが一番ですね」

ポイント①
「その他に理由がない」場合、短絡的なモノの見方です。もう少し広い視野を身につけましょう。

私「その他はないですか?」
相談「番組が増える?」
私「増えますね。他にどんなメリットがあると思いますか?」
相談「さらに人が来るかもしれません」
私「そうですね、その他にメリットはありませんか?」
相談「んーんー」
私「では、ボランティアを入れるデメリットはなんですか?」
相談「人集めをどうやっていくか」
私「そうですね、他には?」
相談「人が集まるので管理の問題とか」

まず、ボランティアを受け入れることで関わる人が増える、つまり、コンテンツが増えます。つまりは、ボランティアを受け入れることで、コンテンツは増える、となります。ですが、それを手にすると失うものがあるのですが、それが「管理」です。

故に、「たくさんの人を関わらせたい」と、「管理したい」は、共存できないのです。ただし、これは一般的に考える「管理」を行った場合なのです。

私「たくさんの人に関わってもらいたいけど、管理したい、という場合、どんな管理を考えていますか?」
相談「.........」
私「では、管理をしない、とした場合、どうなりますか?」
相談「.........」

ここまで来てわかると思いますが、相談者にとっては未体験なので、イメージ出来ないのです。イメージ出来ないことを質問されて、答えたところで、実際には伝わらないのではないかと私は感じました。そこで考え方を変えてみましょう。

「ボランティアとして関わる人を増やしたい」とは言っても、ローマは一日にしてならず、千里の道も一歩から、ということで、アタマの中に、ボランティアAさんをイメージし、その方が、継続的に番組作りに関わることができ、さらには、そういう方がたくさん増えれば....「ボランティアとして関わる人を増やす」ことはできそうではありませんか?

さらに言えば、自分がボランティアAさんになったつもりで考えてみましょう。

ラジオ局のディレクターとこれから番組を作って行くとき、ボランティアとして楽しく、継続的に番組作りに参加していきたい、と思うにはどうしてもらいたいでしょうか?そのインセンティブは何ですか?お金以外の何かがそこに必要なことがわかります。魅力ある放送局にするには、それに対しての想像力がカギになります。イメージをしっかり持つことが大切なのです。

その関係をどう作っていくか、という点については、また別の機会にお話します。

*このエントリーは1ヶ月前に下書きしていたのですが、関係の作り方については、5/16の第2回目の講義の内容になりそうです。

2014年5月13日火曜日

【閑話】美味しんぼ、読んでいないけどね。

私は以前、建築史のイラストを描く仕事をしていました。その時によく描いた図に「鳥瞰図」というものがあります。かんたんに言えば、「鳥の目で見た感じ」の絵です。そのイラストをイメージしながら、庭園を歩いたりすると、仕掛けの関係性がよくわかります。全体をイメージしながら部分を見るのですから、どんな意図が隠されているのかもわかります。

さて、昨今、大騒ぎの美味しんぼですが、正直、表現がどうのこうの言うのは、ナンセンスだと思っています。「議論すべき内容」を考慮すれば、大した問題ではないと思うからです。それ以上に、なぜ今この内容なのか?これを掲載したのか?そして、部分ではなく、全体を見てみた時に、どう映るのか?ということについて考えてみたいと思います。

2011年5月頃だったでしょうか。友人と福島について話しをしていました。その方が言うには「封鎖しかない」でした。私は住む場所が無くなるという現実、そうは言っても放射線の線量によっては状況も変わるのではないかという期待から、封鎖する、という選択には納得できませんでした。

しかし、実際は現在も封鎖しています。それが現実です。

震災直後からの全体を、ぼんやりと眺めているとどうしても気になることがあります。それは、安全についての議論の欠如です。

個人的な見解ですが、どうも黄色人種には、情緒に訴えるところがあるように思います。戦時下の捕虜の問題、虐殺、それらへの捉え方も、ヨーロッパとアジアでは異なるように感じます。感情的な部分を切り分けて、安全に暮らす、という点について考えてみると....

風評被害という言葉で、風評でないものも風評被害という言葉でフタがされていないでしょうか?現実的に、避難されている方で、自分の家に帰りたい人の割合はどの程度いるのでしょうか?ある番組を見ていた時に、避難地域の高校生の6割は戻ること自体を諦めて新たな土地で生活をした方がいいのではないかと話していました。一次避難という言葉は、彼らの新たな生活基盤を作ることの足かせになってないでしょうか?メディアは、避難所の方々を、故郷を失った失意の中の人物として捉えていませんでしょうか?そういう姿勢で彼らの前に立てば、その主人公を演じる自分に疑いを持つこともないでしょう。

震災以降の経過を見ていると、避難地域が数キロ単位で拡大していったり、隠していた情報がどんどん明らかになってきたり、私たちは、報道される内容を信じることができなくなっていきました。

美味しんぼについて言えば、2年かけて取材したであろう事実に対して、本人がなぜ批判されるのかわからない、というのはよく分かります。

あれだけ大衆はメディアの言うことを信じてこなかったはずです。誰が語る言葉を事実とするのでしょうか?自分に都合の良いことしか、真実と捉えないような風潮になっていませんでしょうか?私は、原作者が、語られない事実を丁寧に拾い上げていったことに疑いは持っていません。それは美味しんぼという作品が読者との間に作ってきた信頼関係に他なりません。

そして、こんな映像もあります。

https://www.youtube.com/watch?v=k7kZRRkR6Xg&app=desktop


参議院の参考人として語っても、鼻血という現象は、メディアに登場することはないという現実が一方にはあるのです。もっともっと支援する側と支援される側の対話が必要です。コンサルタントで相談される内容も同じなのですが、技術的に解決できることと、対話でないと解決できないこと、それらを切り分ける必要があります。そうでないと、感情に流されてしまって、どうすべきかが見えなくなるからです。対話を積み重ねていきながら、現実に適応した議論と支援を行っていくべきだと感じています。


2014.5.14追記

表現がどうかということと、書かれていること、を一度切り離して考えてみると、ことは至ってシンプルだと思います。

実際には、その場所は安全かどうか、ということに対しての答えは、安全か、安全ではない、のどちらか一つしかありません。双葉町は安全です、というのが行政で、双葉町は安全なのか?、といっているのが美味しんぼです。

さて、学者から発信される「放射線の影響」の話しを聞く場合、いくつか知っておかないといけないことがあります。

①200mSv以下の影響については臨床データがない。
②高い線量で短時間被爆した場合と、低い線量を長時間被爆した場合では前者の方が影響が出やすいことが動物実験で証明されている。なのでおそらく人間も同じでは?と考えられている。

という事実です。
この2つの事実を、学者の文脈で言葉にすると、臨床データがない=認められていない=影響があるとは言い難い=影響があるとは言えない、という表現になります。逆に、臨床データがないので「影響がない」としているのは、実は、それはそれで問題です。
なので、その文脈がわかっていれば「影響があるとは言えない」という学者に対して、「では、貴方のご家族が双葉町で暮らしたいと言ったら、行かせますか、どうしますか?」と質問をすれば、その学者の真意がわかるかと思います。

少なくとも数人の学者は、「影響があるとは言えない」という「表現の説明」をすることになると思います。そうすると、「臨床データがない」という言葉が出てくると思います。ただ、だからと言って危険なのではありません。くれぐれも。今は線量が低くなっているからです。つまり、一番の問題は「わからない」ことなんです。そこまで突っ込んでみて初めて真実がわかります。質問を繰り返して反応を見ることもなく、学者の言葉をそのまま鵜呑みにするメディアを信頼などできるわけもありません。

さらに、元町長の健康状態を見れば、短時間に高い線量の被爆を受けたのではないか?とも想像ができます。ただし、ここでも繰り返しますが、現在は、線量は少なくなっているはずなので「今が危険」とも言えないのです。

では、そのような状況で何をすべきか、ということですが、今、日本が行うことは、たくさんの臨床データを取って、国際的に公表することだと思います。それをやるためには、絶対にやってはいけないことがあります。それは、事実を隠しながらデータを取ることです。間違いなく「人体実験だ」という批判に繋がります。

「わからない」から避難させ、臨床データを丁寧に取って、福島の経験を人類の財産のする姿勢こそが大切だと感じています。「低線量での長時間の臨床データ」が存在することは絶対にあってはならないのです。

私自身は、「コントロール下に置く」とはそういうことだと思います。

3年経っても除染が終わらない現実を考えれば、戻れるか、戻れないか、みたいなあやふやな状態で仮設住宅に住まわせるよりも、行政は、批判覚悟で「住めない」を前提に全力でサポートをする方が、よほど現実的だと思ってしまいます。