2015年4月25日土曜日

官邸ドローンと吉田松陰先生

官邸にドローンが投下されました。放射能を検出した土を乗せて。

この犯人が捕まり、様々な批判が集まってます。それらの批判をみながら、思い出したのは吉田松陰先生でした。大河ドラマ「花燃ゆ」では、まさに安政の大獄へと向かっていくところ。吉田松陰先生の命をかけた訴えに至る経緯がこれまでドラマの中で描かれていました。

テロに至る方の内面を想像しました。誤解を恐れずに言えば、私は、所謂テロ行為と松陰先生の苦悩の根源にあるのは、同じではないかと感じています。


世の中には、一国民では一生届かないであろう大きなチカラが動いています。一国のエネルギー政策などはまさにそうです。様々な業界、企業、権力者、そういう方々の中で保たれる均衡と団体、業界、もっと言えば国々という利害関係者との綱引きによって、日本という国の行く末が決っていくと感じています。

例えば、私が、自然エネルギーの有用性を感じたとします。それを訴えていたとします。その利用を心から信じて、その必要性を喉をからして訴えたとします。でも、何も変わらないでしょう。変えることが出来ない。そんな時に、大きなチカラの前で自分の無力さを痛感することになります。そして大きな絶望感を感じます。この反応の先の1つにあるのがテロ行為です。しかし、この先の選択肢はテロ以外にも存在します。


一方、松陰先生は、国の行く末を案じ、様々な訴えをしてきました。しかし、その内容は本質を捉えているが故に、反発を生み出します。その結果、投獄されたり、謹慎させられたりするのですが、そこでもやはり国の行く末を案じていきます。そして、その教えに感化された若いチカラが、国のため信じた道に邁進している姿を見るにつれ、謹慎によって身動きの取れない松陰先生は、自分自身に大きな憤りを感じていたのではないかと思います。その結果、命をかけた訴えに至ります。しかし、ここで先に上げた自然エネルギーの話しと異なり、彼の場合は、命をかけた訴え以外の選択肢を失ってしまっているのです。

私は、江戸時代の世において、「暗殺」という手段は、何かを変えるには有効な行為だったと思っています。これは道徳的観点での議論ではありません。単に、仕組みの問題なのですが、近代国家は、様々な権力者たちの均衡の上でのバランスを保つことが最優先です。よって、「担当者」がいなくなっても、その役割を別の担当者が補えば良いです。ですが、江戸時代では、担当者の能力や目指す方向によって、様々なことが独自の判断で行われていたのではないかと感じています。

具体的な例を1つ。
昔、桐生の山奥の根本山には賭場があったそうです。根本山詣出というガイドブックまであり、防火の神様として、江戸からたくさんの方がお参りにきました。なぜ、防火の神様かと言うと、実はここに住むと言われる天狗の伝説に由来します。
江戸の名物と言えば、火事ですが、ある年の大火で、一面が焼け野原になる中、どういうわけか、ある一軒のお屋敷がその被害を免れるのです。根元山に住む天狗が、その屋敷に火が及ばぬように霊力をまとうウチワで火の粉を振り払った、というのです。その屋敷の持ち主は、彦根藩。つまり、井伊家の屋敷でした。
その結果、商売人を中心にこぞって参拝するようになるのですが、行った先の娯楽がなんとカジノな訳です。しかも、賭場があったと言われる山頂には神社があるのですが、その神社一体の土地の持ち主は、彦根藩。井伊家なのです。そこで焼いた炭を彦根まで運んでいたそうです。実際にはお金だったという推察は容易いです。山一体は地元の方の持ち物でしたが、山頂だけは井伊家の持ち物なのです。
つまり、幕府の要人である井伊直弼は、天狗伝説を用いて防火の神様を作り、その神様を祀る山頂の土地を買って、賭場を開き、そこに人が集まるようガイドブックを作っていたわけです。彼は、お金を集める仕組みを独自で作っていた、と推察できます。

そんなことは今の国家で出来るでしょうか。当時は、一人の要人を暗殺することと権限を奪うこと、権力者が目指す未来を断ち切ること、が同じ意味を持っていたと思います。今は違います。「ポスト」という言い方ができるように、誰が来ても良いのです。決められた役割をそのポストで演じれば良いのですから。


さて、ここまでをまとめるとこうなります。
①今のご時世、国民1人の声で世の中の流れが変わることはないという現実。
②一方、松陰先生は、優秀であったものの要人の道を失い、命をかけた訴えしか手段が残されていなかった。

②については、実際にそうなります。命をかけた訴えを起こし、それに感化・共感する人々が実際に世の中を変えていきます。それは結果的にそうなったとは言えますが、松陰先生の命の使い方は、実に武士らしい生き様だったと思います。


話しを元に戻して、①の行く末について考えてみます。
このような大きなチカラを感じた時、人々はどのようなアクションを起こすのでしょうか。私は反応としては、3つあると思います。

1つ目「諦める」
変えたいと思っても、自分には出来ない、と思って諦める。なかったことにする。一番多いと思います。悪いことではありません。暮らしが良くなることを望みつつも、自分がすべきことではない、と考えるという反応です。
2つ目「やっぱり変えたいと頑張る」
ここの反応には2つの道があります。
1つが「政治に参加する」
大きな流れを作っているであろうポジションに自分自身が就くことを目指すことです。権利や権限を持とうと考えるのです。今回の市議選、立候補者が多いのはそういう理由だと思っています。つまり、そういう憤りを感じているからこそ、これだけの候補者が誕生するのです。そして、先に諦めた人も、候補者に1票を投じることで、暮らしが良くなることを望む、のです。
しかし、私は、たとえその場所についたとしても、大きな壁にぶつかると思っています。私が政治に興味がないのはそういう理由です。さらに大きなチカラを感じるのではないかなーと私は思ってます。
もう1つが「チカラを持つ」
政治にはお金が必要と言われます。どういう用途で使うのかわかりませんが、必要だそうです。では、お金はどこから来るのか?と考えたら、産業界であることは間違いありません。ここで言うチカラとはお金に他なりません。仮に国家が原発を推進していても、自然エネルギーが重要だと想い、それを推進させたいなら、自分でやれば良いのです。政治家にお金を回してやらせるのではなく、自身でやってしまえばいいのです。
ちなみに、私は総務省とも戦い続けてきた、そういう孫さんのスタンスが好きなのでSoftBankを使い続けてます(笑)。
3つ目「訴え続ける」
この行く末が、テロ行為だと思います。もちろん、言い続けるだけという反応もあるかと思います。私は、自分自身が信じた道をずっとずっと訴え続けた先に、「命をかけて訴えればそれに気付いてくれる人もいるのではないか?」と本当に思ってしまうのでは?というのが想像に容易いのです。江戸時代ではそれが出来ました。でも今は違うのです。だからテロ行為はしてはならないのです。
声を大にして言えば言う程、周囲から滑稽に見られ、嘲笑され、それでも国を思って声を出し続けたら、どんな境地に行くのだろうと感じ、その純粋さになんとも哀しい気持ちになるのです。ですが、テロ行為程度では、この世の中変わりません。もっと仕組みを学び、本当のチカラを付けるしか、変えることはできないのです。そのことをちゃんと理解した方が良いと思うのです。しかも、簡単にチカラを付けることなんて出来ません。だからこそ、同じ思いを持つ人たちと行動を共にするのです。そうして、本当に世の中に良いと思える方向に、産業のチカラで変えていくのが今の社会に必要なことだと思っています。なので、起業家支援が必要だと思っています。


そして、最後、今回の件で、国は「官邸周辺でドローン飛ばしちゃダメ」という法案を出すとか出さないかと言ってますが、私は、その報道をみて、やはり政治家に政治はできないな、と思いました。「臭いものは持ち込まないで」としか見えないのです。そうなると国民の感情には別の火が付きます。「福島の放射能の話しを国に持ち込むなと言ってるなう?」というスタンスです。

では、どうすれば良かったのかと考えました。
「ドローンを飛ばした行為については、空中権の侵害で訴え、保安上の理由から空中権の強化を今回の法案で通す」その上で、「放射能問題については、今も日々、改善に向けて対策と実践を行っています」という言い方にしたらどうかと思うのです。

というのも、空中に入ってきて良いとなると、ドローン飛ばして撮影できるし、それをネットにアップしたり、生配信なども出来てしまいます。また、毒蜘蛛を投下させることも出来ちゃいます。その場合は、空中権の侵害+プライバシーの侵害?とか、毒蜘蛛による傷害?みたいなカタチになるのでしょうか。詳しくはわかりませんが、今回、空中が無防備であることがよくわかってしまいました。

さらに、今回、ドローンで運んでいたのは、国内であちこちに移動させれている土です。「でも、持ち込まれて危険な土を作業員は作業して運んでます」これを言うと、「安全管理の元作業するのと、無防備なところに放つのでは意味が違う」と言う。しかし、「土を持ち込まれたところはどうなのでしょうか。そこから染出る雨水は川に流れ込まないのでしょうか」というと、最後は、「そうならないような対策を講じている」と言われる。ただし、その下流に住む人たちに防護策などないのです。今回の件は、ドローンと土と放射能を切り離して話すことで、不用意に国民感情を逆撫でしなくて済むのではないかと思うのです。

私は、今の社会では、テロ行為からは何も生み出せないと思っています。様々な権利・権限を有した方々のバランスの上で成り立つ今の世の中が、テロ行為で変わるとは思えないのです。松陰先生の時代とは、社会構造が違うのです。
もっと世の中の仕組みを学び、様々な経験を積み、自分の身の回りのことを少しでも変えられるような人が増えればいいなと思ってます。


さて、明日は桐生市の選挙です。私は、せめて「大きなチカラ」に負けないであろう人を選びたいと思います。




2015年3月17日火曜日

【閑話】MacBookとAppleWatchが示す未来。

新しいMacBookが発表されました。随分と思い切ったことをしたものだなーと思いました。ポートが1つで、そのことについては、皆さん、賛否わかれているようです。私はメチャクチャ欲しいです。買うタイミングというか、買えるタイミングいつかなーという感じですけど....。Airが欲しいと思っていたのですが、辞めます。これは、iPad以来の衝撃?ですね。

人は新しい方向を示されると、それを拒絶するか、受け入れるかの選択をすることになります。新しい価値を示されたときの反応としては普通なことです。

拒絶した人のその後は、拒絶し続けるか、途中で受け入れるかになります。では、受け入れた人はどうなるのでしょう。よくよく考えてみてください。実は、受け入れた人たちの中では「僕ならこうする」「私ならこうする」という、その文脈の中での意見を述べるようになるのです。

例えるなら、こんな感じです。
砂浜に立っていて、ボートがあるとします。最初の選択は、陸を行くか、海を行くか、です。そこであなたは海を選択しました。そうして海を移動するうち、オレならあっちの陸を目指したい。私なら、向こうの陸を目指したい、というように、海に出ることを決めたはずなのに、結局、陸を目指し、どこの陸を目指すのかで揉めるわけです。

この場合の正解は、「海の果てを見に行こう」とずっと西を目指すとか、そういうことです。で、結果、陸に付くことはあっても、海から見えている陸を目指すのは全くのナンセンスなわけですね。

アップルはこれまでにも、いろいろなモノを切り離してきました。これはパソコンという道具だけではありません。iTunesは、CDというメディアを切り離したし、iTunesストアによって、それが拡大し、ソフトのパッケージも無くなった。Airでは、ディスクドライブも外したし、付いていると便利そうなものもどんどん外してきた。そして今回のポートもそうだ。

移動が多くなり、あちこちで仕事していると今はいろいろなところにコンセントがあって便利だな、と思う。移動中にUSBの機器を使うことはまずない。iPhone用にモバイルバッテリーを買ったこともあり、PCから充電することもあまりない。移動中といえば、音楽でも聞いて書類を作ったり程度。異動先であれば、プレゼンのために映像出力が必要になるが、その移動中に充電が出来ていれば問題はない。プレゼンする時もコネクター繋ぐので、そこに充電するポートがあれば、それだけで良い。

http://jp.techcrunch.com/2015/03/11/20150310apples-latest-betrayal/

この記事ではなんだか怒っているらしい。正当だと言う。

http://jp.techcrunch.com/2015/03/10/20150309apple-decries-death-to-all-the-portsky8k6vw29y/

この記事は人気だった。

けどね、もっとよく考えて欲しいのです。
自分の行動を考えたら、実に理にかなっている選択をAppleはしていると思うのです。Macが切り離すというアクションを取る理由は、他とは違った考えをする会社なんです。あったら便利とか、普通あるでしょ、みたいなことに対して、ちゃんと考えている。アップルがそういう「普通」を維持し続ける方が、消費者にとっての裏切りなのだ。私なんて、コネクターが汚れるから、何かキャップみたいなのがあった方がいいかな、なんてことを考えていたくらいだから、むしろコネクターなくて良かったと思ってる。

Appleユーザは、Appleが示した方向に進んでいるのであって、その船の船頭はやはりAppleなんです。クルーであれば、船長の言うことを聞いた方が良い。しかもゴールドのPCなんて、溜まらないよね(笑。

AppleWatchの登場で感じたけど、もしかしたら、僕たちはもう電話すらいらないのかもしれない。待機であれば1日持つであろうMacBookがネットワークに繋がり、AppleWatchでハングアウトしたりして音声通信、必要に応じてFaceTimeを使うとかね。

理想の仕事の仕方が見えてきた。自分のオン/オフを示すのは、ネットワークに接続しているかいないか、で良いのではないか。いつでも繋がる電話の過剰さに気付いている人は少なくない。iPhoneを捨てて、AppleWatchとMacBookで生活してみるのも良いかもしれない。

2015年2月2日月曜日

【eDo】日本の工芸の課題を考えてみる

今、私は、eDoという活動をしています。日本の美意識を工芸を通して伝えたいという活動です。なので、工芸製品を作ったり、企画したり、イベントを考えたり、体験コースを考えたり、なんてことをしています。今は、orioriというブランドをはじめ、いくつかのモノづくりを中心に行っています。他のことはこれからですね。実施は準備が出来次第で良いんです。ムリはしません。考えておけば、いつでも出来ますから、しっかり考え抜くことが大切です。


さて、桐生の地場産業は繊維なんですが、私が、繊維製品のモノづくりを通して、コミュニティを作っていこうと考えてnunotechという活動を始めたのが2011年の11月でした。繊維も日本の工芸の1つと考えると、nunotechは、eDoの活動の次のレイヤーに来る活動と言っても良いかなと思ってます。


本題に戻りましょう。

日本の工芸、地場産業、伝統産業、の取材を続けて行くうちにあることに気付きました。

工芸を含む日本の伝統/地場の産業の多くは、手仕事の量産で成立していました。ですが、様々な選択肢が増えていくことことで、手仕事と量産が共存できなくなりました。手仕事で手間をかけると、どうしても高くなり、量産を望むなら工業化させて、なるべく手間をかけない方が良い、みたいな話しになっているわけです。

一方、手仕事を優先すると、価格は高くなりますので、商品ではなく、作品に近い製品というところに行き着きます。言い換えれば、どうしても作家性が必要になります。そうすると、作家性高めることと共に高価格帯にしていくか、量産させてなるべく安く作れるようにするか、という二つの選択肢が見えてきます。もちろん実際には、その間もあるわけですけどね。

今現在行われている取り組みの多くは、作家性を高めることに向かっているように思えますが、本当にそれが良いことなのでしょうか?他に選択肢はないのでしょうか?手仕事と量産は、もう共存することは難しいのでしょうか?本当は、量産できるようにすること、つまり、産業として再興するように、eDoでは、下支えする方法をもっと考えないといけないのではないかと感じています。


2014年7月23日水曜日

【コンサルタント】目指すべきゴールは「継続性・持続性」

問題
 もし、あなたが、何か状況を変えたい課題を抱えているとしたら、まず、最初に変えるべきは環境である。○か×か?

 答えは「×」。正解は「自分」です。
 なぜなら、周囲の変化を求めたら限界がないからです。そして、他人を変えることほど難しいことはありません。何かを変えたいと思うのであれば、一番、確実で手っ取り早いのは「自分」を変えることです。では、何を変えればいいのか?ということですが、それは、「考え方」です。

 寺山修司は、ある本の中で、「オレは不幸なオンナが嫌いだ」と言っていました。不幸なオンナは、同じ結果を繰り返すからだそうです。なぜか、それは同じ行動をするからです。なぜか、それは同じ考え方をするからです。同じ考え方をしたら、同じ行動をするし、同じ結果になる、確かにそう思いました。

 私自身、この1年程、自分の「考え方」について分析してきました。そこでわかったことがあります。

 私の仕事における最も大切なこと、それは「持続性・継続性」でした。それを最優先に考えます。正しいことは続きます。つまり、先の不幸なオンナは嫌いだ、の逆バージョンです。不幸なオンナが負のスパイラルに陥っているとすると、幸せなオンナは正のスパイラルの中にいると言えます。それは正しい思考方法だからです。

 もう少し、掘り下げます。
 
 どんなプロジェクトでも結構です。そこに、続くとか、続ける意外の正義があるでしょうか?「短期的に儲ける」というのも考え方の1つですが、コミュニティをベースにしている活動だったり、企業活動で言うなら、「継続」を最優先に考えるべきだと思います。
 物事は頑張って続けるのではなく、良い取り組みで良い体制であれば、物事は勝手に続くのです。その状態こそが正義です。楽しいから続けたい、で良いのです。


 さて、継続性や持続性をゴールに見ないと、どんなことが起きるか、考えてみましょう。不幸なオンナ状態とは何か、ですね。持続性や継続性の結果、長期的な成果を得られるとすると、その逆は、短期的な成果を求めることになります。


 長期的な成果を得るには、関わる方々の主体性がカギを握ります。しかし、短期的な成果であれば、言われたことを実行する、だけで成果を残すことができます。なので、長期的な成果には主体性が生まれ、短期的な成果は主体性を生まない、と言っても良いでしょう。


 主体性がある状態とはどんな状況でしょうか?良いかれば、自分のアタマで考える、ということになります。考えるためには何が必要か、それは土壌です。何かを考える時には、ゴールを設定し、要件を整理して、それらをメンバーと共有するところから始めます。

 その段階で、要件整理、課題発見、情報共有、アイデア出し、を先輩から教わります。見て覚えることもできます。つまり、段階的なステップを1つずつ登って行く事で、自然と正しい思考が身に付くわけです。

 しかし、短期的な成果を求める場合、そんなことは全部「リーダー」みたいな人がやります。結果、若手はいつになっても、思考方法が育たない。思考方法が育たないばかりか、表面的なやり方のみが伝わる。そして、不幸なことに、このやり方こそが仕事だと勘違いし、仕事を教える=やり方を教える、となっているです。

 なので、新人が、なんでこうやるんですか?と質問をすると、以前からそうだった、うちではそうなんだ、という返答が先輩から返ってくるわけです。


 こんなもの、世の中が変わって行く中では、陳腐化するに決まってます。変化に適応できない組織は、こうやって生まれていくのです。それこそ、持続性・継続性とは真逆の結果を伴ってしまうのです。

2014年7月10日木曜日

【コンサルタント】主体性のデザイン

思い立ったが吉日、コンテクスト・プランニングというブログを始めてみました。

コンテクスト・プランニング コンテクスト思考で課題解決!
  http://ovod.hatenablog.jp

そちらのブログには、コンテクスト・プランナーという肩書きで投稿してます。ここは4ヶ月くらい悩んだんですが、まだしっくり来てません。ただ、何もないと「コンサルタント」みたいなことになるので、それだけ避けたいという思いでした(苦笑。

コンテクスト思考とは、
①「文脈の観察」
②「キーワードの抽出」
③「キーワードの整理」
④「キーワードの因果関係」
⑤「プランニング」
⑥「アクション」
⑦「チェック」
⑧「修正」(④、場合によっては、③から見直す)
の要素からなります。

所謂、PDCAサイクルのAが先に来るパターンです。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~noharah/class/pr/4.files/frame.htm
こちらにもありますが、恐らくこの講義内容全体のもとネタは、こちらではないかと....。
http://www.amazon.co.jp/広報・PR概論―PRプランナー資格認定制度1次試験対応テキスト-日本パブリックリレーションズ協会/dp/4496046741
で、大本のネタは、こちらです。
http://www.amazon.co.jp/体系-パブリック・リレーションズ-スコット・M・カトリップ/dp/489471647X

これは、最初に計画ありきではなく、最初にヒアリング/インタビューありき、という考えです。このプロセスを行わない計画は、独りよがりになってしまい、結果、それを支持する人としない人にコミュニティを分断することになります。

5W1Hで一番大切で無視してはいけないのはWhyであり、さらに、それを「共有」することがとても大切なのです。「なぜ、するのか?」です。プランニングの土台はココにあり、なぜの部分をしっかり丁寧に積み上げて行くことが、持続的な活動に繋がることだと確信しています。

動機が共有でき、共感を得られたら、その活動は、さらなる広がりを持ちます。そのためには、上記のステップ通りに、一つずつ、皆で階段を上がっていく必要があるのです。

現在、eDoというプロジェクトで、この共有を丁寧に積み上げています。それを行っていくことで、不明瞭だった企業の強みが見えたり、個々の強みが見えたり、それらを関係させることで新しい可能性を感じられたり、実に、充実感のある歩みを体験するに至りました。1年程かけて進めてきた開発プロジェクトですが、今後も途切れることなく、続けられるのではないかという手応えを感じています。

なぜそうなったかというと、コンテクスト・プランニングの手法によって、主体性をデザインしたからなんです。以前は「主体性は与えられるものではない」と考えていましたが、今は違います。主体性は、「How」でデザインできる、ということがわかりました。
つまり、「どうやるか」のプランニングに紐づくものです。主体性を持ったメンバーが集まる取り組みは、厚意を持ち寄る関係性よりも、強く、固い絆で結ばれることになるのです。

2014年6月30日月曜日

【閑話】日本代表が取るべき戦略について

ワールドカップでのグループリーグ敗退が決まり、様々なサイトで「分析」が流行っておりますねー。私も相乗りしちゃおうかと思っての投稿です。便乗ですが、アップ忘れました!下書きはあったんだけど...

さて、コンテクストプランナーという視点で、ワールドカップを捉えると、本当にハラタツノリです。ふがいない戦いっぷりが残念でなりません。生卵を投げる人の気持ちがわかります(笑。

問題というか、課題は多岐にわたりますので、いくつかの段階に切り分けていきたいと思います。で、戦略的に、何が間違っていたのか?と言われると「全部間違ってましたね」となるので「どうすればよかったのか?」をまとめていこうかと。

この内容は、選ばれた選手に向けて書いております。

【目標の設定】
どんなことをやるにも、目標は必要です。これがないとどこに向かっていいのかわからないですね。選手によって語る目標はいろいろでしたが、「成績」としての目標は、多くの人たちが期待するところなので、「優勝」って言っておいた方がよかったですね。
ここはリップサービスで結構、それでいいんです。その方が盛り上がりますから。ここでベスト8とか言われても「途中で負けるつもりなんだ」と思って興ざめです。

【ルートの設定】
さて、「目標はリップサービスで構わない」とお話しましたが、目標に向かったルートは設定しないとなりません。実は、今回のワールドカップの最大のポイントはココでした。
「優勝」を単純化すると、「点を取る」ことと「点を取られない」ことを「両立」させ「勝つ」ことを「続ける」ことで得られる「結果」と言えます。
つまり、「結果」は、「勝ち続ける」ことなので、「目の前の試合に勝つ」ことの積み重ねでのみ実現できるものです。「勝つこと」こそ、「やるべきこと」であり、「結果」は考えなくて良いのです。アタマの中から捨ててください。むしろ「やるべきこと」のみに集中するトレーニングが必要です。

よく選手が「次の試合に集中して」と言いますが、この言葉、どのような意図があるのですか?私は、本当に集中していたら、こんな表現はしないのではないか?と思います。集中している状態だとすると、「どう戦うか」の戦略がアタマの中をグルグル駆け巡っているはずです。そのイメージがない、または、準備が出来ていないからこそ、自分に言い聞かせているのではないかと感じるのです。

【戦略の設定】
続いて、肝心な戦略についてです。
「勝ち続ける」には、目の前の試合に「勝つ」ことが大切だと言いました。で、「勝つ」ためには、「点を取る」ことと「点を取られない」ことを「両立」させることとお話しました。そして、次にこれを切り離します。
「点を取る」はどう実現するかということで言えば、「早いパス回しで相手のディフェンスを切り崩して行く」という戦略はどう実現するのか、と考えてみましょう。
「早いパス回し」をどう実現するのでしょうか?動きながらであれば2名いれば十分です。3名になれば、さらにパスの出し先の選択肢が増えます。2名、3名どちらでもOKですが、「パスを回し」ながら、「外に逃げる」のか、「中央へと切り込んで行く」のか、動き回るのは、人がいないところなのか、ゴールに向かってなのか、選択肢はたくさんあります。その可能性を全部検証し、試してみたのでしょうか?それとも絞り込んだのでしょうか?

例えば、「パス回しは2名を基本にし、人がいない方向に流れながら背後の選手の飛び出しに合わせてパスを出す」くらいの戦略に絞り込みます。

という具合に「決める」必要があるのです。なぜなら、このように設定をすると、「3人目の存在が必要」であることを選手間で共有できるのです。つまり、「2名でパスを回せる状況」をどのような状態に定義し、その瞬間に後ろから飛び出す「3人目を誰がやるのか」ということが確認できます。
正直、どんな戦略に絞り込んだらいいかはわからないです。選手の方がそこはわかると思います。ですが、そのようにディティールを決め、それ以外の多くを切り捨てるとやるべきことが明確になります。どんな相手にも対応できるシンプルな戦略を探して、それに設定する必要があるのです。
同様に崩した後にどうやって「点を取る」か、どうやって「点を取られない」かを決めていきます。
所謂強豪国が強いのは「点を取るイメージ」の共有が瞬時に成されているからだと思います。でないとあんなに早い動きだしで、シンプルな数本のパスで得点することは難しいからです。

【戦術の設定】
これは場面、ロケーション、時間帯、試合を構成する要素を分解し、その組み合わせによって、どんな戦い方をするかをシミュレーションしておくことです。
「攻める」「守る」は、いずれも、「リードしている時」「リードされている時」「スコアレス(同点)の時」の3種類しかありません。組み合わせで言えば6種類です。
ここでのポイントですが、サッカーの勝敗は、何に影響されるかを考えることです。例えば、個人の能力に影響されるのか、普段プレイしているリーグの強さに影響されるのか、などを突き止めます。私自身は、上記の二つは少なからず勝敗を影響するものだと思っています。そうなると、戦術で6種類は多すぎます。せめて2〜3種類くらいに絞りたい。
①「リードされている時に攻める」
②「スコアレス(同点)の時に攻める」
③「リードしている時に守る」
この3つで良いでしょうね。そうすると、
④「リードされているときは守らない」
⑤「スコアレスの時には守らない」
⑥「リードしている時には攻めない」
以上を選択したことになります。具体的にどうするかというと後者の3つの場合は「考えない」ということです。忘れていいです。

と、このように、自分たちがやるべきことをチームで整理し、チームで選択し、そのプロセスをチームで共有することが大切なのです。そして、結果は考えない。目の前の1点を取ることのみを常に考える。点を取ったら取られない守り方をする。もし取られたら、「リードされている時に攻める」に切り替えるだけ。自分たちがやるべきことをもっとロジカルにシンプルにしてあげる必要がある、と思うのです。11人のイメージを揃える必要があるのです。


なぜ、そんなことを言うか、というと、先の「勝敗は何に影響されるか?」に関係します。他のチームに比べて、日本のチームは、成熟度が幼過ぎるのです。プロリーグが出来て20年の国のチームが、ヨーロッパ、南米のチームと戦うには、歴史がなさ過ぎるのです。歴史がない故に、それをカバーする戦略と戦術が必要であり、歴史がない故に、敵わない敵であることを十分に理解する必要があるんです。だから負けることは恥ずかしくないし、とにかく通じる戦術、戦略を一つでも多く獲得することが「勝ち」に繋がる。リップサービスで優勝目指す!と言いながら、緻密な計画を一つ一つ実行する。手応えを感じ、必要に応じて修正していく。

この大会では、強いチームというのは、高い次元での「イメージの共有」がなされていると感じた。得点のイメージ、ディフェンスのイメージ、パス回しのイメージ、だから、見事に機能する。これは経験と歴史に他ならないと思う。日本のチームも最終戦にはその兆しが見えたが、点を取られた現実という壁に対して、心が折れてしまう。「勝つ」つもりで望んだら、そんなことになるのは目に見えています。そうではなく、勝つために必要な「目の前の1点」に集中していたら、最後まで集中力は切れることはなかっただろう。

途中交代の香川の表情は、悲壮感たっぷりで、他のメンバーが戦っているにも関わらず、終わったような表情だった。それはチームとしてやるべきことを共有していない証拠でしかない。目の前の1点を取ることに本気で共有できていたら、ベンチに下がってもそのために出来ることを探したはずだ。

戦略と戦術の共有の仕方次第では、決勝リーグにて高成績を残すことも出来たと思う。だが、心の置き所、目標の設定方法、共有の方法含めて、様々なものを切り離して、やるべきことをシンプルに理解できるよう、メンタルをトレーニングする必要がある。情緒的な日本人には、本当に必要なトレーニングだと思う。自分で噛み付いたとしても当たっただけだと言えるタフさは、日本人にはない。それは良さでもあるが弱点でもある。弱点を補うのは、やるべきことをシンプルな事柄に落とし込んで、余分なことを考えないことだ。僕たちはこれをする、という具合にね。

周囲がなんて言おうと、戦うのは選手達だ。だからこそ、選手が選手を理解し、尊敬し、尊重し、という関係のチーム作りが必要だ。そしてその中で行われるコミュニケーションが重要だ。試合前に休息の1日は有効に使えなかったようだった。ちゃんとしたコミュニケーションができたら、日本のサッカーは、世界の歴史を変えられるくらいの独特のものになると思っている。コミュニケーションサッカー。ボールが納まった場所からスイッチオン。それを合図に全体が一気に動き出す。的確で短い数本のパスで相手ゴール前に突入。なんて試合を想像したいね。


2014年6月13日金曜日

【コンサルタント】鳥の目、虫の目。

今年度、ミラサポの専門家登録をし、本日、初めての派遣となりました。
新しい方とお会いするのは誠に刺激になりますね。

さて、企業の相談を受けていると感じることがあります。
例えば、AとBの2つの選択肢があり、Aが正解で、Bが不正解だとしましょう。

①ほぼ直感で正解を選べる人
②ほぼ直感で不正解を選ぶ人
③考えて不正解を選ぶ人
④考えて正解を選ぶ人
に分かれますね。

で、①「ほぼ直感で正解で選べる人」にとっては、
②や③のような不正解を選ぶ人たちの思考のプロセスが理解できない、
ということに気づきました。

だから、なぜ正解を選べるのか?、というコトに対して説明が出来ないんです。
一方で④のような方が社長だと事業は継続して伸びて行きますね。

私も当初は②でした。でも、④になれました。
で、わかったのが、結局、思考は技術だということです。
特に地方では、人材を活かす=成長させる、という姿勢が必要です。
無い物ねだりしてもしょうがないですからね。


もし事業に何か、違和感や危機感をお持ちの方がいらっしゃったら、
もう一度大局を静観してみることをオススメします。
全体を見て、細部に手を入れる。
それを繰り返して行くと、自ずと正解を選べるようになります。

私がお話させて頂く事の中に、鳥の目と虫の目ってのがあります。
鳥の目で全体、虫の目で細部を見る、ということです。
その方法については、また別の機会にお話したいと思います。